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Punishment Code: File2 繁華街の妖怪少女 後編【スパンキング白書】

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「た、助けに来た?」

 春日野はかすれる声で尋ねる。

「そうそう。全くこんな路地の裏の裏まで逃げ回るのやめて欲しいんだけど。ここまで来るの大変だったわ。スーツもなんか汚いし臭くなってるし」
「……?」

 この七峰という女がなぜ自分を助けようとしているのか、なぜ自分が怒られているのかも理解できていなかった。その一方で、先に我に返ったのは、仲間を既に1人轢き飛ばされている黒服の男だった。

「おい、てめえ、ふざけんじゃねえぞ! さっさとどっかに失せればいいものを、もう手遅れだ! 覚悟しろよ」

 男は荒っぽい怒鳴り声を上げると、背中のスーツの中に手を回す。そして円くまとめられた一本鞭を取り出した。
 彼は留め具を外すと鞭を振って、威嚇するように先端を地面にピシリ、ピシリと叩きつける。鞭の先端は二股に分かれており、周囲の暗い水たまりに触れる度に、パチッ、パチッと火花が散った。

「うわ、なにそれ、電極付きのスネークウィップ!? かっこいい! 支給品? ヂシプリン商工会も粋なことするじゃん。拝見!」

 七峰は興奮に満ちた声を上げながら小躍りした後、流れるように腰を低くして、まるで獲物を狙うカマキリのようにがばっと両腕を伸ばした。男は彼女の奇怪な行動に困惑しつつも、怒りに満ちた雄叫びを上げて鞭を振り上げた。

 その時、七峰の脚が地面を蹴った。両手を勢いよく地面に着くと、そのまま前転して一気に男との間合いを詰める。既に鞭の先端を思い通りに当てるには近すぎる距離まで迫られ、男はとっさに後退った。急に後ろに引かれたため、鞭の軌道が変わり速度が落ちる。その鞭に向かって彼女は両手をフライを取るように素早く広げた。そして蛇のように動き回る鞭の胴ソングを包み込んで、正確に握りしめる。その瞬間、彼女は全体重をかけて鞭を握った両手を地面に向かって下に押し付けた。

 予想外の方向に力をかけられたことによって、既に急な七峰の接近でバランスを崩しかけていた男は、鞭を握る手が緩み、グリップを取り落とす。

「なっ、なんだ、お前」

 七峰は地面に落ちた鞭のグリップをひょいと拾い上げると眼前に掲げ、しげしげと眺める。

「うーん、これ何? 乾電池式? それはちょっとダサイかも。乾電池ってそんな威力出せるの? グリップも結構重くなるでしょ? 重いから大振りになっちゃう。そもそもスネークウィップなんて元が隙デカいんだから、もうちょっと考えて作らないと使い物にならないよ。ていうか、アウトドアでこれを使ってお仕置きするケースなんてないんだから、有線の電源でいいでしょ。でも、絶対振り回して使っているうちに中で断線するね。叩きつけもするし。もしかしたらブルウィップのクラック音をマネしてんのかしら。威嚇用? でも地面に叩きつけただけじゃ、これ通電しないでしょ。謎ね。全く、あんたたちのところのインプリ開発者は、お仕置き道具ってものをわかってない。あと、こんな狭い空間でこんな長いもの振り回すあんたも大概よね。もっともっと短くていいの。グリップが長いとなおヨシ。フロッガーとか、マルチテールの鞭みたいにね」

 七峰は一気にまくし立てながら、くるくる、くるくると鞭の先端を振って回転させ、長さが50cmほどになるまで右腕に巻き付けた。そして、足を踏み込んで、ひょいひょいと鞭の先端を男に向かって振り回す。

「お、おいやめろ、うわっ!」

 水たまりで濡れた鞭の二又の先端が男の手に当たり火花が散る。男は痛みで後ろに転倒する。

「まあかするくらいじゃじゃスタンガンほどの威力はないのね。まあ一発ごとに気絶されちゃたまんないし、これでお尻打つんなら順当か」

 そういうと彼女は、鞭の先端をつまむと、男の首筋にぐっと押し付けた。男はぎゃっと鋭い叫び声を上げて動かなくなった。

 七峰は鞭を放り捨てると、春日野を見下ろした。頭の混乱が少しずつ収まってきた春日野は、次第に麻痺していた五感を取り戻しつつあった。
 路地裏には、直前の争いの名残りが未だ漂っている。散乱するごみ袋と、泥水にまみれた黒服の男。腐臭と埃が入り混じる生臭い空気が、春日野の鼻を刺激し始める。

「大丈夫? 立てる?」
「あ、ああ」

 春日野はゆっくりと体を起こす。しかし、立ち上がろうとした瞬間、脇腹に鈍い痛みが走る。

「い、いてて……」

 春日野は痛みに顔をしかめる。

「うーん、自力で歩くのはムズイかな。こいつらやりすぎだっつーの」

 七峰は腰に手を当てながら、伸びている黒服の一人をちらりと見下ろす。

「大して道具使い上手くないくせに、商工会もよく用心棒として雇ったわね」 

「いや、こいつらはどうせ、適当なところで声かけて拾った、使い捨てのチンピラです」

 突然、先刻轢き飛ばされた黒服の方から別の声がした。男が上半身を突っ込んでいる、割れた鉢植えの山がガシャガシャと動き、その瓦礫の中から、ひょこっと小さな頭が飛び出した。

 よく見ると、その顔は先ほどの暗闇で見た座敷童だった。

「その鞭も多分開発のボツになった試作品です。見ため強そうなんで、中身がないチンピラを釣るのにぴったしです。ほれ、ここに伸びている男のポケットに指示書が入ってました」

 座敷童は紙を掴んでいる右腕を天に向かって伸ばして、七峰に向かってぶんぶん振る。

「春日野の写真と、連れてくる場所、報酬内容。プロパーの兵隊だったら、こんなトラッキング防止のアナログな連絡手段をとらないのです」

 七峰は呆れたように眉を上げる。

「プロパーの兵隊って何すか……。えーっと、そこに書いてある場所見てみます?」
「うんにゃ、トカゲの尻尾とのランデブーポイントなんて、行ったところで我々のアドバンテージになるものは手に入らないです。そいつの治療と、お仕置きが先です」

「へっ?」

 突然座敷童に指をさされ、春日野はすっとんきょうな声を上げる。

「へ? お、お仕置き?」

 座敷童は瓦礫の中から這い出てくると、春日野の方に歩を進める。ヘッドライトが彼女を正面から照らし、その小柄な着物姿をくっきりと浮かび上がらせた。やはり先ほどの印象通り、顔立ちは高校生にも見えるほどの幼さを残しているが、その目つきには大人びた威圧感があった。

「さっき、契約条件にお尻ペンペンを受けることを了承したのです」

「いや、そんなこと言ってな……あれ、言った? いや、というか君は……?」

 げしっ、と座敷童は春日野の脇腹を蹴りつけた。

「うげっ」
「君、じゃないのです。私はもうお前のマスターです。お尻ペンペン数追加しときます。本当は野郎の奴隷なんかいらんのですが。それと七峰!」
「うへっ!? 何、師匠?」

 七峰は軽く飛び上がって両手で自分の尻を隠した。

「さっきのクソみたいな登場はなんなんですか。もっとカッコよく登場しないと奴らになめられるのです。こう、ばんっと車のハイビームを逆光で当てて、お前ら! そこまでだ!って感じで。そのためにわざわざ私のLSを――」

「入らない! あのでかい車、こんな横幅2mの路地に入らない! だからここまで来るの大変だったんですよ! とりあえず、車は通りに止めてあるんでそこまで春日野君を運びましょう」
「ちょ、ちょっと待て、俺、今度はどこに連れていかれるんだよ」

 七峰は春日野にしかめっ面を向ける。

「君ねえ、ここに放置して欲しいの? 大人しく来なさいよ、少なくとも治療するっていってんだから」

 彼女の言う通りだった。自分の体の状況が分からない以上、早く治療を受けた方がよい。そして、追ってが今ここに倒れている2人だけとも限らない。

「わ、わかった…… ついて……行きます」
「素直でよろしい。えーっと、歩けなければバイクに乗っけて私が引いてくしかないかな」
「い、いや俺は大丈夫。歩けます」

 春日野はゆっくりと立ち上がる。

「お? 思いの外根性あるのです」

 座敷童が春日野の尻をぺんぺんと軽く叩く。そして腕組みするとてくてくと路地を歩き始めた。しかし、ふと気づいたように首をかしげて、七峰に尋ねた。

「というか、お前、このバイクはどこから持ってきんですか?」
「あ、その辺にポツンと放置されてたんです。まるで『乗ってください』って感じに! 運命感じました」
「……鍵は?」
「うん、それが、鍵がささってたんですよ! すごくないですか? 今時そんな不用心な人いませんって。奇跡!」

 座敷童は、じとっとした視線で七峰を見つめる。

「……まあ、いいです。私のバイクじゃないんで。一応元の場所に戻しておいてください。これ以上のもめ事はご免です」

 その時、ううっと後方で唸り声がした。3人が振り返ると、先ほど電気ショックで気絶していた黒服が、目を覚ましたようで、身を少し動かした。そして、ゆっくり目を開くと、少しおびえた様子で彼らを見え上げる。座敷童は一歩進んで、腕を組んだまま男を見下ろして話しかける。

「お、気づいたようなのです。大丈夫、暴れている奴がいると警察には連絡済みです。すぐにお前らをしょっ引きに来ます」

 男が何か言い返そうとしたが、声が出ないようだった。

「お前らの雇い主がお前らにコンタクトすることはもうないでしょうが、万が一また関わる機会があれば、こう言っておいてください」

 座敷童は親指を立てて、その指で肩越しに春日野を指す。

「こいつは私、源千尋が預かります。手出し無用です」

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